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うつむいたまま、箸の進まない私に父が言った。

「靴を取った奴らなんて気にするな。そんな連中を相手にすることない。

それからマシュマロごっこみたいのはもうやめろ。飯とマシュマロをいっしょに食うな。」

私はベーコンエッグにマシュマロをのせる手を止めて言った。

「どうして?別に父さんが食べるわけじゃないのに。私の勝手でしょ。」

「あのな、よく考えてみろ。人に迷惑をかけなければ何でもしていいなんておかしいだろ。」

「分かんないよ。父さんはアメリカに行ったことがないから私のやっていることや考えていることが分かんないんだよ。」

「母さんみたいなこと言うな。ここは日本だ。もういい。今日は学校休んでいいから、その代わり庭に出て父さんの手伝いをしてくれ。」

私はこくりと頷いた。

「飯はちゃんと食え。」

「はい。」

そう言われて、味噌汁をずるずると音をたてて一気に飲み干した。父の作る味噌汁はいつも少ししょっぱい。

theabsp 2話

父は中華街近辺の料理店でコックとして働いている。

休みはたいてい月曜日と水曜日の週二日であったけど、渋谷と横浜元町を繋ぐみなとみらい線が開通して以来、休みは月曜日だけになった。

「この時代仕事が増えるなんてありがたい」と父は言っているけど、ときどきその背中は疲れてみえる。

食事のとき必ず「腹がはち切れるまで食え。人間、うまい飯を腹いっぱい食って、元気ならそれでいいんだ」と言う父にだって、

もうそれだけでは幸福を感じない世の中であることは分かっているはずだ。母が逝ってしまってからも文句ひとつ言わずに働いておいしいご飯を食べさせてくれる父には頭も上がらないほど感謝してはいるけど、ただひたすらに働いて何の趣味もなく休日布団に横になった苦しそうな寝顔をみると、これからもこの世界で生きていくのが不安になってしまう。

「母さんが死んでから庭は手付かずだから、今日は大掛かりになるだろう。それにな、ちょっと池でも作ってみようと思っている。」

「池?それって庭に穴掘るってこと?」

「そうだ。鯉でも泳がすつもりだ。母さんも友紀も喜ぶだろうし。」

「ねえ、どうしていつもそうやって母さんがいるみたいに話すの?変だよ。いつまでも母さんのもの片付けないでさ。今にも帰ってくるみたいなのやめたほうがいいよ。」

「そうか。じゃあ今度時間があるときにな。今日は庭をやるって決めたんだ。」

「わかった。でも今日だけじゃ終わらないでしょ。」

「そうだな。休みにちょっとずつやって。穴を掘ったらセメントを流し込んで、その前に金網を張ったほうがいいかな。まあ、ご近所の誰かに詳しい人がいるだろ。」

「え、知らないのにやるの。ご近所さんに迷惑だよ。それに池なんてそういうの専門の業者に頼むのが普通でしょ。うちってそんなに貧乏なの?」

「自分たちで作るから価値があるんだろ。」

父は一度言い出したら聞かないから今日は庭の手入れを手伝うしかないと諦めた。